用語説明
このシリーズ記事は説明の都合上数字譜表記 + 移動ド(いわゆる「調性一元論」)を採用しています。簡単に言うと平行調関係の長調と短調はあくまで同じ調だとみなして、長調の主音を 1 と、短調の主音を 6 として度数をそのままアラビア数字で表現する方法です。
例えば
- C メジャースケールの場合: 1234567 = ドレミファソラシ= CDEFGAB
- D メジャースケールの場合: 1234567 = ドレミファソラシ= DEF♯GABC♯
- A マイナースケールの場合: 6712345 = ラシドレミファソ = ABCDEFG
- C マイナースケールの場合: 6712345 = ラシドレミファソ = CDE♭FGA♭B♭
- ド → ミの場合: 13
【アルファベット+調】というような表記は、その音名を主音とした調のことを指しています。
例えば
- A 短調 = ABCDEFG
また、特に明記しない限りこれから言及する五音音階もしくはペンタトニックは、全て五声音階(中国五音音階・ヨナ抜き音階)のことを指しています。
ヨナ抜きのこと、本当に完全理解したのかい?
中国民族音楽理論の文脈で語る前に、まずヨナ抜きの音程面の大事な特徴を把握しましょう!
5 度以下の音程は
- 長 2 度(12、23、56)
- 短 3 度(35、61)
- 長 3 度(13)
- 完全 4 度(25、36、51、62)
- 完全 5 度(15、26、52、63)
しかないですね。
数量的には完全 4 度·5 度 > 長 2 度 > 短 3 度 > 長 3 度になっています。
結論から言うと、長 2 度、完全 4 度・5 度を中心とした和声と、長 2 度、短 3 度、完全 4 度・5 度を中心とした旋律の配置が中国民族音楽の基本中の基本中の基本なのでよく覚えておいてください!
西洋音楽の視点から見れば、不協和な短 2 度や三全音が入っていないので全体的な響きとしてはとても穏やかな雰囲気です。これは何を意味しているのかというと、この音階自体を一つの和音としてシャンシャンと鳴らしても良い響きができます。
コードの世界でよく使われている C69 とかまさにそういったものですね。ちなみにキーボードの黒鍵も音程関係としてちょうど F♯ 調の五音音階になっているので、黒鍵で適当に遊ぶだけで良さげな響きが出せた経験はあるのでしょうか。ぜひ試してみてください!
五声、調式と宮系
五声
五声(ごせい)というのは、中国の民族音楽理論において最も重要な五つの階名のことです。直感的に言えばペンタトニック・ヨナ抜きにした後の五つのアレそのものです。
ただし、民族音楽の文脈ではそれぞれ独自の名前があるので簡単に紹介します。
- 宮(きゅう)= 1
- 商(しょう)= 2
- 角(かく)= 3
- 徴(ち)= 5
- 羽(う)= 6
ご覧の通りドレミソラのことです!この記事では歴史や文化関連の話に深く触れないので簡単のためそういう風に捉えても大丈夫です。
調式
教会旋法のように、五声のいずれも「主音」になれます。それぞれ ⚪︎ 調式と言います:
- 宮調式: 宮・商・角・徴・羽 = 1 2 3 5 6
- 商調式: 商・角・徴・羽・宮 = 2 3 5 6 1
- 角調式: 角・徴・羽・宮・商 = 3 5 6 1 2
- 徴調式: 徴・羽・宮・商・角 = 5 6 1 2 3
- 羽調式: 羽・宮・商・角・徴 = 6 1 2 3 5
ある調式から、別の調式に切り替えることを「転調」と言います。
つまり、中国民族音楽文脈での「転調」は、普段使っているアレとは全く別物ってことですね!
ただし、西洋の和声が伝来する以前に中国の民族音楽はほぼ単旋律のものしかなかったので、ある段落がどの「調式」に属しているのか基本的に段落の中の重要な位置(強拍など)に一番多く出てくる音、及び「殺声」あるいは「落音」(= 最後の音)で決まります。
ちなみに中国の民謡で一番多いのは徴調式の曲という説もあります。つまり徴音で完結するケースが一番多いということです。例えばこんな感じの徴調式の曲があります:
徴音は、西洋音楽の視点から見れば長調の属音(5 番目のソ)なので、西洋音楽に慣れ親しんでいる方は徴調式の曲の最後を聴いて「なんかまだまだ終わってないなぁ」というふうに感じるかもしれません。この性質を利用して、ソで完結する五声音階の旋律を作れば民族感がめっちゃ出るかもしれません!
宮系
西洋音楽文脈で言う「転調」のアレは何に対応しているのかというと、「旋宮」(せんきゅう)という言葉があります。これは、「宮を旋(めぐ)る」という発想(つまり、宮をぐるぐる回すこと)から来ており、こんな感じのイメージがあります:
難解な漢字がいっぱい書いてありますがパッと見て何を思いついたのでしょうか?
そう、五度圏にそっくり!
外周は何Hzとか音の絶対的な高さを表す言葉で、内周は音の相対的な関係を表す宮商角徴羽になっています。宮の位置を時計回り・逆時計回りでぐるぐる回していくと、他の一連の音の絶対的な高さも変化していくわけです。この宮の絶対的な音の高さによって決まる一連の音・調式は、「宮系」もしくは「同宮系統」と言います。文字通りの意味で宮で決まる系統のことです。
旋宮は、作曲技法の一つとして数十年前に基本的にいわゆる芸術音楽、もしくはアカデミックな音楽でしか見かけられなかったのですが、近年歌モノや、ゲーム音楽などの世界で注目されるようになりました。以下の代表的な曲を聴いてみてください!
いかがでしたか?これは次回(もしかしたら次回の次回)で重点的に扱う曲なんですが、まず結論から言うと、4つや8つの音を単位として宮系がどんどん変わり続けています。気になる方はぜひ耳コピしてみてください。
ゲーム音楽の例だと、例えば陳致逸(Yu-Peng Chen)が作曲したこの曲も冒頭から旋宮しまくっています:
https://www.youtube.com/watch?v=OQw5vIb8JuA
こういうのは一見西洋の「転調」と全く同じように見えるかもしれませんが、実際の使い方としてけっこう違っていて、直感的にいうと旋宮は五声性の旋律に焦点を置き、より自由自在に変化するというようなイメージです。
三音音列
民族音楽を作る時によく実践されているのは、3つの音で一組という考え方です。
特に五声音階の中で連続した3つの音からなる組は面白そうな性質があるので実際の創作の中よく使われています。
それぞれ
- ① 宮商角(123)
- ② 商角徴(235)、徴羽宮(561)
- ③ 角徴羽 (356)、羽宮商(612)
になっています。
察しが良い方はこのように分類された時点で既に何かがわかってくるのでしょうか?
② 類のどっちも長 2 度+短 3 度で、③ 類のどっちも短 3 度+長 2 度ということから、同じ音程関係を持つ三音音列が同じ組に入っていることがわかります!
同じ音程関係の音列は複数あるので、その独特な色彩が五声音階の旋律が流れていく中で必然的に頻繁に出てきます。逆に言えば、② 類と ③ 類の音列を曲に大量に入れるとそれっぽい民族調の雰囲気ができます!
例えば、弱起の旋律の冒頭から曲の動機としてよく出てきます:
- ①類の宮商角(123)で始まる例(1:20から):
-
②類の徴羽宮(561)で始まる例(0:30から): https://www.youtube.com/watch?v=YXWyYbYe01U
-
③類の羽宮商(612)で始まる例: https://www.youtube.com/watch?v=ZYQn8e9hy84
原神の璃月のこの戦闘曲の冒頭を聴いてみればすぐわかるはずです:
https://www.youtube.com/watch?v=IwVdrQIKcRw
冒頭から③ 類の音列の色彩が何度も何度も強調されていますね。
この性質を上手く利用すれば、例えばある宮系の角徴羽を、属の宮系の羽宮商とみなすことでごく自然な旋宮もできます!これは、今後の記事で重点的に紹介させてもらいたい技法です。
また、それぞれ縦方向で重ねて和音にすると、印象派音楽からよく聴こえるあの有名な平行 4 度・5度の色彩ができました! この 4 度・5度の色彩を入れることも中国の民族音楽の常套手段です:
宮角長三度
前述の通り、五声音階の長3度は一つしかありません。宮から角(ドからミ)なのです。これは、いわゆる「宮角長三度」(中国語: 宮角大三度)のことで、とても大事な3度です!
実際に曲を作る場面であんまり役に立たない性質かもしれませんが、民族音楽の曲を分析する時にすごく役に立ちます。どこが長3度になっているのかを探すだけで今の曲って何の宮系なのかすぐわかりますね!
逆に言えば、長3度が出るまで宮系が未定で、複数の宮系に属している可能性があります。
例えば、G・A・C・Dっていう音列には、長3度が存在していないため、F宮系統(F・G・A・C・D)とC宮系統(C・D・E・G・A)の両方になりうるのです。
ドレミソラばかりではない!
中国民族音楽は、ヨナ抜きを使ってばかりいるような音楽ではありません!
五声である宮商角徴羽は、「五正声」とも呼ばれています。つまり最も重要な五つの音のことです。これは何を意味しているのかというと、いわゆる「偏音」という、この五つの音以外の音も曲の中に入れることがよくあります。
例えばC宮系統での宮商角徴羽はC-D-E-G-Aで、清角(F)や変宮(B)、変徴(G♭) などといった音が全部偏音になってきます。
偏音は、五正声みたいに頻繁に出るのではないですが、強拍を避けて、味を足すための経過音や装飾音として入るケースが一番多いです。
例えば原神のこの曲は、羽調式の流れの中に変徴(5♭)と変宮(7)が適当に入っています。具体的にどこにあるのかぜひ探してみたください:
ある偏音を、五正声の中の一つとみなすと宮系統が必ず変わってくるので、前節で述べた「旋宮」の手法にも繋がります。
よく旋律の構築の場面で実践されているのは、以下のような手法があります:
- 変宮為角:変宮(7)を角(3)とみなすことで属の宮系統に旋宮
- 清角為宮:清角(4)を宮(1)とみなすことで下属の宮系統に旋宮
- 清羽為宮:清羽(6♯)を宮(1)とみなすことで2度下の宮系統に旋宮
発想としては西洋音楽の近親調への転調によく似ていますね!
ただし、ここで注目されているのは和声ではなく旋律の方です。つまり、偏音が旋律の強拍に·頻繁に現れてくると、基本的に宮系統が変わったと考えられます。
ちなみにこれは、いわゆる「犯声」というもので、今の系統において正声ではないのに正声に取って代わろうとするなんて、なんと僭越で法を「犯す」行為だ!というようなイメージですね。 かなり雑な説明で無視しても良いです
ここまでならもうだいぶ行ける
ここまで紹介されてきた内容を曲作りに活用していれば旋律・和声面から言うとだいぶそれっぽい民族調の音楽が作れるようになるはずです!いかがでしたか?
ただし、今回の記事はあくまで五声音階の基本的な理論にしか触れていなくて、中国の民族音楽の根本的な気質みたいな抽象的だけどすごく大事な話を次回から少しずつ語っていきたいと思います!
それではまた会いましょう!