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2023年12月6日 | ブログ記事

熊野寮祭2023 エクストリーム帰寮参加記

この記事は、traPアドベントカレンダー2023、6日目の記事です。

はじめに

みなさんお久しぶりです。21Bのmeraです。
今年も早いもので年の瀬、アドベントカレンダーの季節です。あたりもすっかり冷え込み、毎朝の起床チャレンジも日々厳しい物となってきています。
さて、みなさんはこのアドベントの期間をいかがお過ごしでしょうか。クリスマスも近づいていることですし、楽しみで足が地に着かない方も多くいることと思います。
私はこのクリスマスというものがあらゆる年中行事の中でも一番好きです。やっぱりクリスマスの時期って特別な感じがして良いですよね。

本題に入りますが、今回はそんな特別な時期に、面白い企画に参加してきました。

今回の記事の内容はずばり、「熊野寮祭のエクストリーム帰寮に参加してみた」です!!!

エクストリーム帰寮って何?

毎年11月の終わりごろから12月のはじめにかけて、京都大学の熊野寮で開催されるカオスの祭典、「熊野寮祭」。そこの恒例企画に「エクストリーム帰寮」というものがある。
ルールは簡単。深夜に車で熊野寮から希望した距離の分だけ連れていかれ、飛ばされた先から歩いて帰ってくるというもの。持ち物は緊急用の1000円と連絡用の通信手段、十分な量の防寒具にやる気のみ。スマホについては地図アプリの使用は禁止だが、SNSでの実況は推奨されている。おそらくだが生存確認も兼ねているのだろう。
私は毎年、エクストリーム帰寮のタグをTwitterで見てゲラゲラ笑っていたのだが、せっかくだし今年は出場してみようかと思ったのが10月の初め頃。高校同期のT君にも声をかけ、京都行の旅程を決めるまでにそう時間はかからなかった。こうして京大に縁もゆかりもない関東の大学生(東工大生と早大生)の、エクストリーム帰寮参戦が決まったのである。

出発当日

12/1(金)、一限から線形制御理論の期末試験があったため、まずはそれを討伐しに行く。試験を終え午前11時頃、そのままの足で東京駅へ向かい、八重洲南口のバス乗り場で京都行の昼行バスに乗車。
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京都に着いたのは午後19時半ごろ。先に現地入りしていたT君と合流後、四条通りのスター食堂で晩餐。
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美味しかったです。たぶん帰寮するまでに最後に食べるマトモな飯だろうなと思いながら頂きました。

適当に時間をつぶしてから熊野寮へ。ここで荷物は駅にコインロッカーに預けることにしたので、ほとんど手ぶらで出発することになる。

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夜だというのに賑やかな場所だ。
指定されていた出発時間は23:00。ロビーに入って受付をすませると、食事用の「朝の輝き」食パンを3斤いただいた。近くの自販機で水も買い準備万端。ほどなくして車へ案内され、熊野寮を後にした。

ドライバーの方は熊野寮生の女性の方だった。車に乗ったのは他には同行者のT君と同じく参加者の京大生のAさん(寮生ではない)だった。参加者は全員初参加で50kmの挑戦者のようだ。

4人で雑談をしながら、夜の京都市街をマニュアル車でカッ飛ばす。興味本位で熊野寮での生活を聞いてみると、やはり楽しそうであった。ドライバーの方も一昨年この企画に参加したそうで、どうやらその日は雨が降っていて非常に厳しかったらしい。完歩して自宅に戻った今。あまり想像したくない状況である。

それにしても車はどこへ向かっているのだろうか。途中で寝てしまったこともあり、来た道をすべて把握するなんてことはできるはずもない。ときおりドライバーの方から聞こえる「これ50km以上あるかもな~~~」なんていう不吉な声については考えないことにする。走っている道もどうやら山道のようで、マトモな集落に落とされることはないのは確かだ。

午前0時半ごろ、同乗者のAさんが降ろされる。一緒に外に出て回りをみると神社の前だった。その他には何もない。ほとんど山の中に来てしまっているらしい。

Aさんとまた後で寮で会いましょうと健闘を誓いあう。Aさんを降き去りにして我々は別の場所へ飛ばされるようだ。

そして午前1時ごろ、我々は謎のトンネルの前へ降ろされた。
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なんでも現在使われているトンネルの中では日本最古のものであるらしい。
ここがどこなのか見当もつかないが、ともあれここがスタート地点である。記念撮影。
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上の写真と別物のようにみえるかもしれないが、これはトンネルの中から撮った写真である。トンネル内は明かりがついているが、外は街灯の一つもない。というか普通に山の中だ。
ドライバーの方から緊急時の連絡用として携帯番号と10円玉を渡される。ここからの旅路が相当過酷なものであることをなんとなく実感。

ドライバーの方を見送り、ここから我々のエクストリーム帰寮が始まった。

持ち物

一応ここで装備品を確認しておくことにする。
身に付けているのは以下の物だった。

財布なし、身分証なし、地図なし。
緊急時用の1000円は一応あるが、これを使う気はあまりなかった。というのもこれが無くなるとコインロッカーから荷物を取り出せずに詰んでしまうのである。

帰寮中の行程

ここからは段階に分けて説明しようと思う。

出発区域から脱出

空を見上げると満天の星空。綺麗すぎて感動した。
北斗七星がすぐに見つかり、北極星の位置からなんとなくの方角を確認。
まずは山から出るため、拉致車が去っていった方向へ歩き始めた。

完全に山の中だと思っていたが、集落はわりとすぐに見つかった。人が住んでいることがわかっただけでも安心。
ひとまずは現在地を確認。
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あ、兵庫県猪名川町......。
そうか、50kmだとここまで来れるのか。

後から調べたところ、あのトンネルは津坂トンネル(通称くろまんぷ)というらしい。

京都へ向かうには東へ行けばいいのでその方向を見ると、当然ながらそこには山がある。これを越えなくてはならない。(といっても全方位が山に囲まれているので、この区域から脱出するにはいずれにせよ山越えをしなくてはならなかった。)

とりあえず比較的大きな通り(バスが通るような道)をなるべく選びつつ山のふもとへ向かう。
バス停はすぐに見つかり、ここから越えるべき山のふもと付近まで行くには、「杉生」という地名の場所までいけばいいらしいことが、バスの行先の表示を見てわかった。

ある程度の方針が立てばあとは歩くだけ。バスの通る道を歩きながらゆっくりとふもとまで近づく。(あとで調べると、ここは県道12号線だった)

杉生まで行き最初の分岐点へ。目的の方角へは県道602号が走っている。この道なら山を越えられるだろうと思い、602号を歩くことにした。最初の山越えである。

時刻は午前2時。あたりはすっかり冷え込んでいる。
想定していたことではあるが、やはり山越えは厳しかった。
まずアップダウンの激しい山道が容赦なく足を攻撃し、氷点下の気温がこれまた容赦なく体力を奪っていく。回りの茂みからは何やら動物の鳴き声が聞こえるし、目の前を鹿が横切るなんていうのはザラにある。今野生動物に襲われたらひとたまりもない。生命の危機を感じながらなんとか一つ目の山を越えた。クマが出なくてよかった。
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道中の表示でもわかったが、ここを越えたことで、大阪府能勢町に入ったことになる。

能勢町から亀岡市へ

山を越えてしばらく歩くと、神社のようなものが見えたのでそこで休憩した。
すると後ろの方から人が走ってくるのが見えて、誰かと思えばなんと先ほど別れたばかりの同乗者のAさんだった。
Aさんは「このまま走っていきます」と言って、去って行ってしまった。元気だなあ......。ちょっと心配になる。

地域の掲示板らしきものに地図があったので、これからの方針を確認。
京都へ行きたければまず亀岡まで行けば良いらしいことがわかったので、このまま602号線を東へ向かうことにした。

来栖の交差点で、営業中のファミリーマートを発見した。
時刻は午前3時半。出発してから初めて見つけたコンビニであり、しばし暖をとることにする。砂漠でオアシスを見つけた旅人ってこんな気分なのだろうか。寒さで参っていた我々には天国だった。
ファミマの店員に道を聞き、亀岡まで出たければ府道54号線を歩けばいいことを確認してから出発。

この辺りの土地勘がある方であればわかると思うが、猪名川町から能勢町を通り亀岡まで至る道は思いっきり山間部である。亀岡まで出るにはまた山越えをしなくてはならない。
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気温は-3℃。指の感覚はとっくに無くなっている。
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休憩しながら進む。時刻は午前5時半。
道中で見つけた公園で休んで寝ようとするが、本能が「この氷点下で今寝たら死ぬぞ」とけたたましく警鐘を鳴らすものだから全く寝れなかった。眠れていた相方が羨ましい。

さて、実はここからしばらくの記憶がほとんど無い。夜道を寝ながら歩いていたようである。なんだよ、結局寝ちまうんじゃねえか。ならさっきの公園で寝ればよかった。
ふらふらしながらも、T君と共に峠を目指す。

やがてあたりが明るくなってきた。
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京都府亀岡市!!!!!!

絶賛山越えの途中ではあるが、どうにかして京都府まで出られたことは素直に嬉しい。希望の光が見えてくる。
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亀岡脱出編その1(亀岡駅へ)

亀岡市街までの青看板の表示を見ると、府道731号を降りていけばたどり着けるとのことだったのでそちらへ進んだ。
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時刻は午前7時50分ごろ。
ようやく山越えを終え、亀岡市内での移動が始まる。
引き続き休憩をはさみながら、ただひたすらに731号線を進む。
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のどかだ......
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優雅な朝食タイム。
食パンと水を接種し、すぐに歩行再開。

それにしても本当にコンビニが無い。
結局これまでに見つけたコンビニは3時半に入った来栖のファミマただ一つだった。いざとなったらコンビニで休ませてもらおうという目論見はあったものの、叶うことなく下山することになる。
けれどもう日も出て見通しが良くなったことだし、少しずつ楽になるだろうと胡坐をかいていた。

湯の花温泉付近の信号で、今度は372号線に移る。青看板を頼りに進行方向を修正。
午前9時半頃、ようやくコンビニを見つけることができるくらいの人里へ降りることに成功する。
コンビニのトイレの温かさに感動。
このとき、目を瞑ればすぐに気絶するくらい参っていた。

372号線を歩いていくと亀岡運動公園へ到着。
そういえばマトモにベンチで休んでないなということで、公園のベンチで休むことに。
すると公園のベンチには先客がおり、手元には「朝の輝き」の食パンを握って寝潰していた。ん?ってことは帰寮者か?
声をかけるとなんとAさんだった。同じ道を歩いてきたらしい。
まさかの再開に驚く一同。
ひとまずは互いの無事に喜ぶ。積もる話はあったが、ほとんど9時間半ぶっ通しで歩き続けた我々の体は既に黄色信号を示していたので、まずは休憩。午前10時半のことである。
隣のテニスコートで子どもたちが元気にテニスをしている傍ら、ベンチでは死んだように寝潰す大学生3人組。明らかに不審者だろう。
ベンチで仮眠を取ろうと目を瞑る。

あれ、そういえば何故こんなことになっているのだろう。
わざわざ関東から京都にバスで来て、ただ意味もなく深夜に山越えをして今死にかけている。
......何の為に???

いけない。これは考えない方がいい話題だ。

さて、Aさんは先に行くと言いここで別れ、我々は十分なマッサージと十分な休息を取ってから出発。
国道478号線に合流してからは東に進む。
そこで信じたくない物を目撃した。
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え、京都まであと24km......???

軽く絶望した。
帰寮が始まってから10時間が経過し、普段の歩くペースならそろそろ50kmになる頃だろうと思っていたが、ここからまだ24kmもある。
......確かに、深夜の過酷な状況下で山越え、頻繁に休憩しながら悲鳴を上げる体を引きずって歩いていれば、普段通りのペースで歩くなど不可能な話ではある。

とはいえまだまだ体は動くし心は死んでいない。なら諦める道理は無いだろう。
ここからは最短で京都市街へ辿り着くために、観光案内所がありそうな亀岡駅を目指すことにした。

亀岡脱出編その2(老ノ坂峠へ)

といってもここから亀岡駅まではそこまで難しくはなかった。
そこら中に看板もあればバス停に書かれた行き先が「亀岡駅」だったので、大きめの道を北側にすすんでいればいい。

およそ1時間後、亀岡駅に到着。
観光案内所で道を聞き、ここからは国道9号線を東に進んでいけばいいとのこと。
観光用の紙の地図も貰い、勝ちを確信したのも束の間、ここで新たなイレギュラーが発生した。

なんと同行者のT君が、体の悲鳴に耐えられず脱落してしまったのである。
ここまでほとんどルート選択を間違うことなくここまでこれたのは、土地勘の強いT君の力によるところが大きかった。その彼が脱落。一気に不安になる。土地勘だけではない。過酷な旅というのは時に「孤独感」も恐るべき相手になる。見知らぬ土地にたった1人で放り出される恐怖が突如襲ってきた。

結局T君は亀岡駅で電車で京都に戻るようで、ここで別れた。
まあそうなってしまったのは仕方ないし、こっちには地図もあるし、あとは9号線を歩いていけば京都に着くのだから一人でもなんとかなるだろう。

9号線に出てからの道のりは簡単なもので、ただ道沿いを東に歩くだけだった。

途中公園に寄り、食パンを口にして栄養補給。水も少なくなってきたので公園の水道で補充しておく。
午後13時半頃に見た青看板には、京都まであと20kmとあった。歩くペースはだいぶ落ちており、時速4kmくらいの概算だったため、そのまま行けばあと5時間で帰寮できるだろう。

「上を向いて歩こう」を歌いながら、9号線を進む。
食パンと水を入れたボロボロのビニール袋が、途中の茂みに引っ掛けたせいでさらにボロボロになっていく。袋が使い物にならなくなる前にはなんとか帰寮したい。

が、ここで今回のエクストリーム帰寮で最大級の難所にぶつかる。
亀岡市と京都市の境界、老ノ坂峠である。

9号線をそのまま進めばなんてことのない普通の道だが、それは車移動の話。
ちょうど山のふもとに差し掛かったあたりで、歩道が消えてしまった。

ストリートビューではこんな感じ
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え、本当にここを抜けろと?
この写真では進行方向に車は少ないが、当日の交通量は凄まじかった。
車が大行列を成す坂を見て、ここで初めて「リタイア」の文字が頭に浮かんだ。

なんとか迂回路は無いだろうか。
地図を見るも、結局迂回しようにも山を越えなくてはならないことを確認して絶望。
なら仕方ない、腹をくくるか。

こうして最後の山越えを始めた。

老ノ坂峠を越える

道路の端っこを、体を縮こませながら歩いていく。
例にも漏れずアップダウンの激しい道。
後方からは頻繁に車が通り過ぎ去る。
普通の乗用車が真横を通るのも嫌だが、運搬用の大型トラックが通るときの心臓を掴まれるような恐怖は中々新鮮だった。
まわりを見ても、歩行者は自分以外いなかった。

本当にここは通って良い道なのだろうかと疑問に思えてくる。
というかここを歩いて渡ろうとする者がそこら中にいるとは思えないし、実際滅多に歩行者は現れないのだろう。

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峠に差し掛かったあたりで、歩行者・自転車用のトンネルを確認。
さらに近くにはバス停もある。
良かった。ここは歩いて大丈夫な場所だったようだ。

にしてもこんな場所にバス停があることが不思議だったので見てみると、近くに霊園があるらしい。なるほど、この辺りの歩行スペースは霊園を訪れる人向けなのか。

トンネルを抜けると霊園への分かれ道に着く。
そこには廃棄されたバス停があった。
今年の3月までは使われており、今はその機能がさっき通ったバス停に移っているらしい。

物珍しさに今は使われていないバス停を眺めていると、霊園から降りてきたと見られるおばあさんに話しかけられた。今まで使っていたバス停に来たが、そのバス停が廃棄されているものだから困っていたらしい。バス停はあっちですよと道案内をして別れる。

余談だが、この老ノ坂トンネルは地元でも有名な心霊スポットであるらしい。なんでも殺人事件で殺された赤い服を来た女性の霊が現れるとか、真夜中に歩行者用のトンネルで白い服を来た女性の姿を見たとかなんとか......。

けれど歩いているときはそんなこと知らなかったので、ただ歩行スペースがあるトンネル付近に感謝していた。

さて、当然ながら、霊園を通り過ぎれば歩道は消える。
後は下るだけとなった歩道の消えた峠道を見下ろして深呼吸。
そしてタイミングを見計らって一気に下る。
他の歩行者は当然いない。
地理的にはもう京都市内に入っているはず。
途中茂みに引っかかりながらもなんとか進む。
峠を下る車の運転手たちは、こんなところを通る歩行者に驚いているかもしれない。(あとから改めて調べてたが、ちゃんと歩行OKの場所だった)
30分ほどした後、ようやく下り終えて歩行者用の信号を見つけた。
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写真を撮る余裕が無かったので、ストリートビュー。
こうして最も過酷な山越えを終えることになった。

桂坂を彷徨う

信号の先はまた歩道がない。歩道の無い9号線はもうんざりなので、北にそれて迂回することにした。山越えはもうないだろう。北の高台の方には住宅街が見えるので、どうにかして京都市街に抜ける道があるはずだ。

とりあえず住宅街に出る。
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こんな場所。写真撮ってなかった。

先ほどの山越えのとき、手を有刺鉄線か何かに引っ掛けたようで血が出てしまっていたので、一旦公園で休憩する。「天蓋の花公園」という名前らしい。なんか格好いいな。

続いて現在地を確認。標識から「桂坂」という地名はわかるが、具体的にそれがどの辺かが頭にイメージできていない。
そのあたりで住民らしきおばあさんが枯葉の掃除をしていたので、声をかけることにした。

僕「すいません、ちょっと道をお伺いしたいんですけど、ここってこの地図だとどのあたりになるんですか?」
おばあさん「んん?」
渡した地図をじっくり眺めるおばあさん。
おばあさん「ここはこの辺だねえ。この『大枝北沓掛町』ってとこ」
京大桂キャンパスが近い。となると一旦盆地に降りることを目指せば良さそうだ。
おばあさん「どこに行きたいの?」
僕「ここですね」左京区の京大熊野寮を指さす。
おばあさん「はあ......、バスで行くの?」
僕「いや、歩いていきます」
おばあさん「いーやいやいやいや、いくらお若いっていってもそりゃあないでしょうよ、アッハッハッハ」

おばあさんは何やらツボに入ったらしく、呆れながらも爆笑していた。
「それなら9号線を行きなさい。その方が楽だよ」
アドバイスをもらって別れる。
やはり9号線を進んだ方が話が早そうだ。
けれど歩道のない9号線を歩くのは嫌なので、そのまま桂坂を東を進むことにする。あとで9号線にまた合流すれば問題ないだろう。市街地なら歩道もあるはず。

ちなみに、このおばあさんと話している最中、先ほど歩いてきた道の方から「朝の輝き」の食パンを抱えた人が歩いてきた。
あれはまさか......と思い顔を見ると、そのまさかは的中。亀岡運動公園で別れたAさんだった。
まさかまさかの再再会。流石にびっくりした。いつの間にか追い越していたらしい。
話によると、9号線の老ノ坂を越える前に、なんとかして迂回路を見つけようと粘っていたらしい。
そして歩道がない9号線の先を歩くのは嫌ということで、峠を越えてからは全く同じルートでこの『大枝北沓掛町』にたどり着いたようだ。全く同じ思考で笑ってしまった。

折角なので、ここから熊野寮まで行動を共にすることにした。
孤独旅もここまで、ここからは仲間がいる。なんだかRPGをやっている気分だ。

Aさんは京大生で京都の左京区に住んでいるようだが、この辺りにはほとんど来る機会がなく土地勘は無いらしい。まあでも関東住みの自分よりはマシだろう。

とりあえずは東に進む。道は長い。ゆっくり歩いていこう。
道中、Aさんとはいろんなことを話した。今までの行程のこと、なぜこの企画に参加したのか、お互いの大学生活のこと、京都の住み心地はどうか、東京はどうかなどなど......。この企画に参加したのは単に面白そうだったからとのこと。はい、自分も同じです。

桂坂公園のあたりを抜けて、どんどん東へ。
すると住宅街から一変、開けた場所に出る。

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京大桂キャンパス!!!!!

桂坂を抜けられた。午後16時のことである。

桂川へ

京大桂キャンパスといえばゆずソフトの『RIDDLE JOKER』の聖地だったなあと思いつつも聖地スポットはスルー。今は寄り道をしようとは思えなかった。
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市街地が見える。あっちの方に進めばいい。
とにかく帰ろう。このあたりなら9号線も安心だ。

桂キャンパスでは子供たちがボールで遊んでいる。穏やかな景色だ。
国立大学ってどこもこんな感じなんだろうか。
理学部のAさんは桂キャンパスに来ることはないらしく、このキャンパスにも初めてきたらしい。
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記念撮影をしながら坂を下る。

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お、9号線だ。
歩道もあるようだし、ここからは9号線沿いを歩いていこう。
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西大路五条の文字。
勝利を確信。ついにここまで来た。

そしてしばらくして桂川へ到着(写真は撮り忘れた)。
午後17時半のことである。

ラストスパート 四条通りを越えて熊野寮へ

「足が棒になる」という慣用句がある。疲れ果てたときによく使う言葉だが、真の意味で足を酷使したとき、人は未知の感覚と対峙する。
歩き始めてからじきに17時間を迎えようとしている。その間、休憩をはさみながらも体を支え続けた足は既に限界もいいところだった。
何故今足が動いているのかわからない。まるでそうしろとプログラムされた機械によって、無感情に動かされているようだった。
足の感覚はある。というのも、足を一歩前に出すたびに激痛が走る。痛みによって感覚が死ぬことはない。
全く、未知の感覚だった。自分の脚が自分の物ではないよう。得体の知れないナニカによって動かされているかのよう。
陸上部で長距離をやっていたときも、バレー部の体力づくりで永遠と走っていたときも、ここまでの症状になることはなかった。肺以上に足を酷使するという経験は、今までに無かったのである。

けれどまだ体は動くし、心も死んでいない。何よりゴールはもうすぐだというのに諦めるなんて勿体ない。そもそもこの企画への参加を決めたときから、「諦める」という選択肢は用意していなかった。
同じく満身創痍のAさんとお互いに励まし合いながら9号線を進む。

西大路通りから四条通りへ。このままいけば四条河原町だ。
......まあわかってはいたことだが、この四条通り、めちゃめちゃ長い。
水分補給をしながらゆっくりと歩いていく。
途中、祠のようなものをいくつか見つけた。
Aさんによれば、京都市内のあちこちに祠があり、これを探すのがちょっとしたお楽しみイベントになるらしい。まるでゼルダの伝説みたいだ。四条通りでも3つほど発見した。

やがて四条通りは賑やかな商店街へと入る。
四条烏丸、四条河原町を抜け、ついに鴨川へ到達。なら後は丸太町通りまで北上するだけだ。
Aさんは八坂神社に立ち寄ってから帰寮するとのこと。スタート地点の神社の名前が「八坂神社」だったので、それにあやかってお参りをするのだそう。祇園四条のあたりで別れ、一人で熊野寮に向かうことにする。

四条通りから丸太町通りへ。距離は1.4km。
そもそも今まで歩きすぎて脳がバグりがちだが、この距離(祇園四条駅から神宮丸太町駅まで)は駅2駅分である。普段なら15分もかからないような距離だが、激痛の走る足を引きずりながら30分かけてゆっくり歩いた。

そして丸太町通り。熊野寮のある通りを歩いていく。
すると反対方向からAさんが駆け足で向かってきた。(この状況で駆け足!?!?)
せっかくだし、最後は一緒にゴールしようとのこと。
なんて良い方なのだろうか。人の温かみに感動した。

そして時刻は夜の20時頃。
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帰寮成功!!!!!!!!!!!!!!!!!

タイムは18時間57分、歩いた距離は65km。
これにて我々のエクストリーム帰寮が終了した。

帰寮後

帰寮後、ドライバーの方に迎え入れられて食堂へ。
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ドライバーの方、エクストリーム帰寮運営(と思われる)の方、その他熊野寮生と思われる方々に囲まれて、鍋を頂いた。
出発してから初めて食べるマトモな飯である。凍え切った体に鍋と人の温かみが染みわたり、まさに絶品だった。
カンパのためにお金を出そうとしたのだが、手にあるのは1000札1枚のみ。これがなくなるとコインロッカーから荷物が取り出せなくなってしまう。困っているとドライバーの方がカンパ代を奢ってくれた。(本当にありがとうございます......)

1時間ほど雑談。道中であったこと、実はスタート地点でできるはずだったショートカットを見逃していたことなどなど......。熊野寮、これは確かに楽しいな。

我々は銭湯に行って宿に向かう必要があったので、21時頃にお暇させてもらうことにした。ドライバーの方にお礼を言って神宮丸太町へ。本当にありがとうございました。また遊びにきます。
Aさんとは最後に連絡先を交換。今度機会があれば飯に行くことを約束し、ここで別れることに。また会いましょう。

その後

帰寮後の翌日、足がマトモに動かきませんでした、恐ろしい企画だ。

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京都で嵐山のトロッコに乗り、大阪の難波で無限ハンバーグを頂いて夜行バスへ。

なんとか関東には帰ってこられました。

さいごに

如何でしたでしょうか。
最後にはなりますが、同行してくれたT君とAさん、ドライバーの方、熊野寮の方々、SNSの実況を見ながら応援してくれた方々、ありがとうございました。終わった後振り返ると良い思い出になりました。楽しかったです。

クリスマスも近いアドベントの時期、traPに関係なければ東工大にも関係のない話題でしたが、皆さまの年の瀬に刺激を与えるような記事であったならば幸いです。

明日の担当は@tobuhitodesuさんと@NapoliNさんと@mazreanさんです。お楽しみに!

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この記事を書いた人
mera

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